(初)2003.1.9 朝刊 オピニオン1 015 02304文字

社会責任、企業の基盤 英・ティムズ担当相に聞く
 相次ぐ企業の不祥事を受けて「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility)が注目されている。英国では消費者や投資家の企業評価の尺度として重視され、ブレア政権はCSR担当の閣僚ポストを設けている。来日したスティーブン・ティムズ担当相に聞いた。(論説委員・荻野博司)
 
 ――CSRという民間企業の問題に、なぜ政府がかかわるのですか。
 「私は競争政策担当との兼任です。それは社会的責任を果たす企業は創造性や活力を発揮して、結果としてビジネスの競争力も増大してくるからです。企業利益と社会的・環境的利益が相反するのではなく、どうやったら相互に利益になるかを考えていく。これがCSRの発想です。企業と非営利組織と政府が一緒になって知恵を出し合う。そこに創造性と熱意が生まれます」
 「例を挙げましょう。ロンドンの銀行が移転することになり、2千トン以上もの家具を廃棄することになりました。それを環境団体が無料で譲り受け、失業者を雇用して修理して販売しました」
 「廃棄物を出さずに雇用も創出して、環境面や社会面の利益は明らかです。銀行も『社会的に責任ある企業』という評価を得て、ビジネス利益にもなりました。逆に『大量のゴミを廃棄している』と非難されていたら、大打撃だったでしょう」
 「大事なことは、企業がこうした活動を単なる広報・慈善活動ではなく、ビジネスの中核と位置づけることです。CSRは健全な企業活動の基盤なのです」
 
 ○法規制は逆効果に
 ――企業にとってのメリットは何ですか。
 「まず企業の自己革新に役立ちます。欧州の経営者たちは創造性と自己革新が競争力のカギとみています。CSRを推進すれば未経験の重要な課題を解決するため、スタッフは能力を持った会社の外の人々と協力する経験を積みます。それが企業組織にも好影響を与えるのです」
 「次に、有望な若者たちは自分の働く会社にCSRを求めます。幹部候補と見なされるような人材は、地球温暖化防止や途上国の貧困根絶などの問題への関心も強い」
 「エンロンなどの企業不祥事で、自社の評判やイメージに神経質にならなくてはならない事情もあります。社会的責任に配慮しないで信用を傷つけてしまう危険性は、かつてなく高まっているのです」
 ――しかし、政府主導では、新たな官僚主義になりませんか。
 「私たちも法律で強制しようとは思っていません。自発的で創造的な行動を求めているのですから、法規制は逆効果です」
 「CSRの第一歩は、労働条件や最低賃金の確保、環境規制などのコンプライアンス(順守)です。英政府は、たとえ国外であっても英企業がわいろを使うことを禁じています。しかし、それで終わりではありません」
 「株式市場で資産を運用する年金基金は、投資する際にCSRを考慮し始めています。これを受けて、経営内容だけでなく、企業の社会的活動や環境保護活動などについても情報を開示するよう、商法改正を提案しています。環境活動の報告に関する自主的な指針も作成し、大半の大企業は自発的に情報開示を始めています」
 
 ○公正貿易から世界へ広がり
 ――CSRを求める動きは、国際的に広がるのでしょうか。
 「CSRは 海外での企業活動にも適用されます。『倫理貿易イニシアチブ』や『公正貿易基金』といった運動も始まっています。『倫理貿易イニシアチブ』とは、取引相手 がどの国の企業であっても、賃金や労働環境で国際労働機関(ILO)の原則を守ることを義務づける企業グループです。途上国の労働環境を高めることが狙い で、加盟企業の年間扱い額は1千億ポンド(約19兆6千億円)を超えました」
 「公正貿易とは、コーヒーなど暴落している途上国の農産品を買いたたかずに、適正な価格を保証しようという消費者運動です。スーパーには『公正貿易』ブランドが並んでいます。少し高いけれど、途上国の農民が生活を維持できるよう配慮しているのです」
 「こうした運動は昨年8月にヨハネスブルクで開かれた国連環境サミットでもテーマの一つになりました。欧州委員会CSRについての審議会を設置し、04年夏までに答申を出す予定です」
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 英貿易産業閣外相(CSR・eコマース・競争政策担当)。ケンブリッジ大卒。通信・コンピューターコンサルタントを経て、94年に労働党から下院議員に当選。47歳。
 
 ●容易でない日本での浸透 取材を終えて
 日本の企業社会でも、CSRへの関心は高まっている。昨年末に開かれたティムズ担当相らの講演会は、背広姿で埋まった。欧米に視察団を派遣する経済団体も増えている。
  この数年、雪印グループや日本ハム東京電力三井物産といったそれぞれの業界を代表する企業で不正が発覚した。トップが辞めたところで、いったん押され た「無責任企業」の烙印(らくいん)は容易には消えない。法令を守ることなど、社会的責任というのも恥ずかしい最低限の常識だが、それさえ守られていな かった。これで内外の競争に勝てるはずもない。
 株主や地域社会の目も厳しくなり、会社としての存続さえ許されないことになりかねない。こうした危機感が、企業を突き動かしている。
 とはいえ、ティムズ担当相が指摘するように「ビジネスの中核と位置づけ」「企業と非営利組織と政府が一緒になって知恵を出し合う」のは、日本の企業風土では容易ではない。CSRは「余技」という認識が根強いうえ、役所と民間が対等の立場でことに当たる経験も乏しいからだ。
 まずは、会社の経営について、不都合なことでも包み隠さずに語れる社風を育む。そんな第一歩から始めるしかない。